「ただ使うだけ」健康法《62歳・下田さんの場合》(健康法)

60歳でリタイアして田舎に引っ込み,家庭菜園などで遊ぶように暮らしていたある日,どうしても東京に行かなければならなくなった。久しぶりの都会の雑踏には疲れを感じてしまったが,それ以上に気になったのは,駅の階段を上るのがシンドかったことである。若い人がサッサッと上っていくのはいいとして,私と同じような年齢の人に置いていかれたときはいささか心が痛んだ。明らかに太ももの上側の筋肉が弱っている。畑をウロウロしているだけでは使わない筋肉なのだろう。これは何とかせにゃならん,そう思った。

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そんな折,年を取ると目をつぶって片足で立つことが難しくなっていくと雑誌かなんかで読んだ。60代は16秒以上で合格だということでやってみたら惨憺たる結果。10秒も持たない。これにも相当自尊心を傷つけられた。そういえば,風呂に入るときに靴下を脱ごうとするとふらつくし,玄関で靴を履くときにも壁に手を置いて支えないと危ない。これは相当年寄り化してきたか。まずい。

もう一つ。自分の身体に疑問を抱いたので腕立て伏せをしてみた。すると5回ほどで腕がプルプルしてきて10回もできなかった。これはやっぱりまずい

そんなことで,このままではいかんと思い,少し鍛えてみることにした。60歳を過ぎて結果が出るのかどうかが不安だったが,どんな具合になるのかが楽しみでもあった。

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まずは太ももの筋肉。これはスクワットをやれば鍛えられる。しかし苦しくなるほどやるのは嫌だ。別にアスリートの訓練ではない。要は階段を普通に上がれればいいだけだ。ならば,ということで,片足でのスクワットを左右の足それぞれ10回ずつ毎日やることにした。時間にして1分もかからない。

3か月ほど過ぎた日,町の公民館の行事に参加したときに気づいた。階段をスタスタと上っている。いい感じだ。太ももは復活した。両足ではなく「片足」のスクワットが良かったようだ。

次は閉眼片足立ち。これは毎日30秒やることにした。最初のうちは左右の足それぞれ1分ずつやっていたのだが,利き足の左は楽々できることが分かり,1分は長すぎると感じたので右足だけ30秒ということにした。16秒以上できれば合格なのだがら,30秒なら文句はない。最初はうまくいかなかったが,1年も続けていればさすがに結果は出てくる。今では立ったまま靴下を履けるようにもなったし,靴の履き替えのときも壁に手を添えなくてもできるようになった。たかが30秒でこうなる。やってみて良かった。

3番目は腕立て伏せ。これはすぐ苦しくなる運動だから,何とかして楽にできないかとアレコレ考えた。根がぐうたらなのだ。その結果,半月に1回だけ増やす方式にした。

つまり,最初は毎日5回だけやる。これを半月。次は毎日6回だ。これもまた半月続ける。こんなふうに繰り返していくのである。

若い人が聞いたら笑ってしまうだろうが,ウサギとカメである。年寄りは根気だけは若い人に負けない。コツコツ,コツコツとやっていく。ぐうたらなりにやり続ける。無理はしないが楽もしない。

この運動を続けていくと,「あと1回増やすことぐらい何ともない」と感じるようになる。常に余裕がある。そして半月経って1回増やしてしばらくすると,また+1回が平気に思えるようになる。これは案外嬉しいことである。

こうしてカメさんは,今では毎日20回やれるようになった。もう少しいけると思うのだが,まあ,これくらいやれればいいだろうということで,これをキープすることとして,+1回はしていない。

それにしても,5回しかできなかった過去の自分を振り返ると,小さいながら「ヘヘヘ…」と言いたくなる喜びと自信を感じて心地いいのである。

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こんな具合で,それぞれの課題を苦労もせずにクリアーした。60を過ぎても筋肉や感覚器官は鍛えればそれに応えてくれる。それが確認できたことは嬉しい。鍛えれば筋肉は増える。細胞が増える。

筋肉が減ったりするのは使わないからである。「廃用性筋萎縮」というのだそうだ。筋肉でも何でも使わなければ衰える。人体の経済学上そうできている。極めて合理的だ。だから,衰えて困る場合は使えばいいだけだ。無理する必要はない。ただ普通に使うだけ。

いってみれば,これが私の発見した健康法である。ただ使うだけ。ほんの少しの時間を取れば今のステージの一つ上にアップすることができる。

そして,今ワクワクしているのが脳細胞。「脳細胞は生まれてから後は減る一方」と言われてきたのだが,研究が進み,実は80歳になっても増えることがあると分かったのだそうだ。何やら頭も鍛えてみようかという気になってくる。