起業は年寄りの冷や水?(定年後、ひょんなことから起業した吉田さんの場合)

老人がその年齢にふさわしくない危険なことをしたりすると「年寄りの冷や水」などと言われる。リタイア後に起業するなんてこともそのたぐいかもしれない。

ある日起業を支援する国の役所に相談しに行ったらそれらしいことを言われた。

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「あなた,幾つまで生きるつもり?」

何て失礼な言い草だ。さすがにムッとしたが,そこは老人力。ぐっとこらえて愛想笑いで受け流したが,それでも心中穏やかではない。

「年寄りをバカにしちゃいけない。80まで生きるとしたらあと20年もある。成人した若者が40歳の中年になるまでの時間だ。何の不足がある。やってやる-!」

そんな気持ちになった。お役人は「やめといたら?」と言いたかったのだろうが,結果は真逆になってしまった。まあ,それでも,この役所は起業を支援するところだから,その役割を果たしたことになったとも言える。皮肉だけど。

サラリーマンの現役時代から「リタイアしたら起業する!」と決めていたわけではない。それどころか,晴耕雨読か釣り三昧で過ごすことを夢見ていたのである。そしてそれは実現した。リタイアしてから特に定職には就かず,田舎の実家に戻って荒れた畑を整地するなどしていい汗をかいていたのである。

ただ,大変なこともあった。荒れた竹林の整備である。竹は生命力旺盛で毎年多量のタケノコを出してそれが全部竹になるのだから放置すれば大変なことになる。私が実家に戻った時には竹林の中に立ち入ることができないほど密生していた。両親が他界してからずっと人の手が入らなかったのである。

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最初は切っては燃やし,切っては燃やしの連続であった。それをニコニコと見ていた近所のおじさんがポツリと言った。

「竹炭にしたらいいべさ」

なるほど,竹炭か。いいかもしれない。

それから本やネットで調べて竹炭の焼き方を学び,試行錯誤をするうちに薪ストーブで竹炭を焼くことを思いつき,やがて安定して焼けるようになった。これを人にあげると喜ばれる。消臭に役立つほか,これを入れてご飯を炊くとおいしくなる。電気ポットに入れておくと水道水の嫌な匂いや味を取ってくれる。土に混ぜるとおいしい野菜ができる。このような炭の効能は案外広く知られているのだということを知った。

そんな折,地元で手づくりしたものを売るイベントがあり,参加してみたらボチボチ売れた。これに気を良くして工夫を重ね,次のイベントにもまた参加した。今度は2倍以上売れた。

「これはいける!」

そう考えた私は,たまたま町が募集していた起業者育成支援事業の認定が受けられないものかと思った。駄目元で相談に行ったら,「薪ストーブで造る竹炭という発想に新規性がある」「イベントでの販売実績もある」ということが評価され,応募が許されて,結局助成対象の事業として認定された。やってみるものだ。これで年間30万円までの支援が受けられる。やりやすくなった。

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そんなことで,ほとんど偶然が重なって起業することになり,近くの直売所などで竹炭を売るようになった。たいした数は出ないが,元々材料の竹はタダだし,薪ストーブの燃料となる薪も竹やその辺にゴロゴロ転がっている枯れ木だからタダである。初期投資もほとんどない。町の助成もあるから,失敗したとしてもたいした傷は負わなくて済む。我ながらなかなかいい具合に展開したものだと思う。

「起業」して半年余り過ぎた今も状況は順調で,竹炭のほかに竹の工芸品も作って売るようになった。竹の根の部分を切り取って花瓶風に仕上げると喜んで買ってもらえる。また,竹を炭にする途中で採れる竹酢液もいい値段で売れるようなので,これを採取する装置も試作した。これらを続けていくと,1本の竹からいろんなものが作れて売れるようになる。やっかいものの竹が金になる。金になるなら汗をかいても竹を切る気になる。竹を切っていけば竹林が整備されて,周囲を侵食するようなことも避けられ,見た目も良くなる。少しカッコ良く言えば里山の景観が向上する。

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ということで,私の事業は,「荒れた竹林から切り出した竹を活用することを通じて竹林を整備し,里山の景観の向上に貢献する事業」ということになっている。最近では,

「俺んところの竹も切ってくれんかなあ。竹はタダで持って行っていいから」

という人が何人も現れるようになった。荒れた竹林に困っている人は多いのだ。もちろん,わが家の竹の始末が済んだらこのような人の竹林の整備も手伝ってあげようと思っている。そして,竹炭等であげられる収益が十分なものであれば,タダではなくてお金を払って竹を買うという形にしたいと思っている。ここでも,竹はやっかいものではなくて金になる財産だという構図を作りたいのである。それがうまくいけば,いい循環が生まれる。私はいい人になる。

それに炭を焼く人は確実に減っている中で,私のように新たに炭を焼き始める存在は貴重らしい。絶滅危惧種の生き残りを助ける人のように周囲から大事にされる。それにまた,薪ストーブを導入する人は増えているそうだから,私の製炭法を知りたいと思う人も増える可能性がある。ワークショップをやったり,製炭容器を販売してもいいと思っている。

そんなこんなで,自然発生的に始まった竹炭づくりが事業の体裁を整えつつある。将来は有限会社にすることも現実味を帯びてきた。昔と違って1円あれば会社ができる。そうしたら私は社長だ。

リタイアしたお年寄りだって起業できるし,社長にもなれる。小遣い程度でできる無理をしない小さな起業だってある。そろそろあの「年寄りの冷水」呼ばわりした役所に出向いて行ってみようか。にっこりと笑って,こう言ってやるのである。

「いいアドバイスをいただいたおかげで起業に成功しました。ありがとうございました」